かんむり座T星の最近のスペクトル

 最近、ATel にかんむり座T星 (T CrB) のスペクトル変化に関する投稿があったので、メモを残しておく。このメモはかんむり座T星が “今すぐにでも爆発する” というのを煽り立てるものではないことを先に断っておく。しかし、この星に興味を持っている方は、引き続き粛々と、楽しみながら監視を継続してまいりましょう(私も含め)。

 なお、本メモは ChatGPT も活用している。


 さて、今回気になった ATel の投稿は以下2本である(併せて概要を箇条書きで示す):

ATel #17030
A sudden increase of the accretion rate in T Coronae Borialis

  • 過去2.5週間で水素輝線の高さが継続的に増加
  • 水素輝線の変化
    • 等価幅が 2025年1月21日~2月9日で 2倍に増加
    • ダブルピークから シングルピークに変化
  • ヘリウム輝線の変化
    • 12月に消失 → 1月21日以降、再出現
    • 等価幅が 4倍以上に増加(He I 5875, 6678, 7065Å、He II 4768Å)
    • He I 5876 に新たな赤方偏移ピークが出現(5874Å の青方偏移ピークと並ぶ)
  • 昨年11月ヘリウム輝線出現時に光度曲線が急増(←ほんま?)
  • 現在スペクトル変化はあるが光度曲線に増加なし
  • 降着率の急増を示唆 → 最終的に新星爆発につながる可能性がある
  • 爆発は今年または来年に発生すると予測されている(Schaefer et al. 2023)
  • スペクトルはHPで公開している(R = 65000 / エシェル分光器)。


ATel #17041
T CrB on the Verge of an Outburst: H alpha Profile Evolution and Accretion Activity

  • Hα 強度が増加
    • 2025年2月7日のフラックスは1月のデータと比べて約2倍。
    • 2月初旬にフラックス増加が急激に上昇
  • Hα の線幅(FWZI)の変化
    • 1月から2月にかけ、約100 km/s 増大している。
    • 線幅の増加は降着円盤の拡大を示唆(←ほんま?)
  • 降着率の上昇 → 降着円盤の拡大 → 白色矮星周囲の質量増加
  • RS Oph でも2021年の爆発前に同様の変化が観測されたHabtie & Das, 2025
  • Hα の急激な強度増加と線幅拡大 → T CrB の爆発が近い可能性が高い

 とまぁ、両方とも、とにかくスペクトル(水素などの輝線)の急激な変化について報告してくれています。そして、それは質量降着率が増していることを示唆していて、なので、もうすぐ爆発するかも、みたいな締めくくり方ですね。


 もうすぐ爆発するかどうかは一旦置いておいて、後者の ATel は RS Oph (へびつかい座RS星) の静穏期との比較があり、その点に私は興味を持ちました。ATel #17041 の主著者は Gesesew R. Habtie さんという方で、ご所属はエチオピアの Debre Berhan 大学。ATel にも引用のあった Habtie and Das (2025) は今年の1月に MNRAS で出版されたばかりの論文のようです。以下、この論文についてメモを残す:

研究の背景と目的

  • RS Ophは、白色矮星(WD)と赤色巨星(RG)からなる共生型反復新星であり、約 15 年周期 で爆発を繰り返す。
  • 爆発メカニズム:
     白色矮星が赤色巨星の恒星風から物質を降着し、臨界質量に達すると熱核暴走反応が発生し、新星爆発が起こる。
  • 静穏期の重要性:
     降着円盤の進化や降着率の変化が次の爆発の発生に関係すると考えられるが、詳しくは解明されていない。
  • 目的:
     2006 年から 2021 年の静穏期における RS Oph の分光特性を調査し、降着円盤の進化を明らかにする。

結果

(1) Hα、Hβ 輝線の変化

  • Hα、Hβ の輝線はすべての時点で観測され、時間とともに強度が増加
  • 2018年以降、特に Hα の輝線強度が急上昇 → 降着率の増加を示唆
  • スペクトルのプロファイル:
    中央吸収を伴うダブルピーク構造を持つ時期があった
  • 2021年の爆発前に Hα の線幅が顕著に拡大(降着円盤の進化を示す)

(2) He I, Fe II 輝線の変化

  • He I(5876Å, 6678Å, 7065Å)と Fe II の輝線が 2018 年以降に顕著に増加
  • 鉄の存在量が時間とともに増加 → 赤色巨星の恒星風から供給された可能性
  • ヘリウムの存在量は減少傾向 → 降着物質の水素で希釈された可能性

モデル解析

  • CLOUDY を使って、数値計算。
  • 降着円盤の温度と輝度が、ともに増大傾向(2018年以降さらに増加)。
  • 2008~2016年、降着円盤の密度と外半径が、ともに増大。
  • 2018~2020年、円盤の内側の密度はさらに増加。一方で、円盤の外側の密度は減少。円盤の外半径についてはさらに増大。
  • 2018年以降、質量降着率が急上昇。

結論

  • RS Oph のスペクトルから静穏期における降着円盤の進化を分析した
  • 2018年以降、質量降着率と輝線強度の急増を確認
    → 爆発の準備段階に入っていた可能性が高い
  • Hα、He I、Fe II の増加が爆発前兆の指標となる可能性
  • 降着円盤の拡大が加速
    → 今後他の反復新星の爆発予測において、静穏期の分光観測が重要
  • 継続的な分光観測とモデリングによる爆発予測の精度向上が求められる

 ふ~む、なるほどねぇ1。こういう具体的な観測例をもとに、爆発の前兆について考えるのは面白いと思いました。この手の共生星のスペクトル(輝線)については、共通大気 (common envelope) 由来のものが支配的なのかな、と勝手に思い込んでましたが、降着円盤由来だと考えらているのですね。天文学辞典にも載ってました。

 ちなみに、RS Oph の場合、輝線の急な増大は2018年以降にあったとのこと。論文内の Fig. 5を見ると、2020年にやたら質量降着率と降着円盤の半径が増大しているグラフになっています。RS Oph の前回の爆発は 2021 年でしたので、まぁ、スペクトルに何か大きな変化があったとしても、爆発までは1~3年くらいのラグがあるのでしょうか?!このあたりは、RS Oph だけではまだまだ分からないはずなので、今後 T CrB がどうなっていくのか、粛々と監視を続けてまいりましょう (^^v


  1. 偉そうにメモしているが、実はかなり久々に論文なるものを眺めた。ChatGPT のお陰で頭の中が整理しやすく、時短にもなるが、現役の院生さん(ちゃんと研究している方)なんかは、きちんと原文や図表を読みとく習慣はあったほうが良いと思う。 ↩︎
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かんむり座T星の最近のスペクトル への1件のコメント

  1. 高橋 進 のコメント:

     今村さん、とても面白い論文のご紹介ありがとうございます。
     まず水素とヘリウムの輝線の幅が増加している=降着率が増加しているとの事で、しかもそれが1月より2月になってもっと増加しているとの事でなかなかワクワクしますね。
     それと輝線がダブルピークになっているというのはカシオペア座ガンマ型のような高速で高温の円盤が存在するということでしょうか?とすると降着円盤?それとも赤色巨星を取り巻く円盤?
     いろいろ想像すると本当に楽しくなってきますが、さてこれからどんな変化になっていくのでしょうか?本当にワクワクです。

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